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映画をぶっ壊せ!!『ターミネーター2編』⑦:第二幕前半2(全10回)

このブログを読む前に一つだけ。思いっきりネタバレします。

映画は「死」にまみれている

さて、前回の続き、第二幕前半パート2。
少しだけ脱線する。

殺された里親の二人は無駄死にだったのか?

哀れ里親二人は第二幕に入ってすぐに、T-1000にあっさりと殺されてしまう。無実な二人の死に何か意味を見出したい。無駄死にだったと思いたくない。そんな事を思ってしまう人は私のほかにいるだろうか(いると信じて)

結論から言うと、二人の死は必然。その役割は明確。T-800が重要なルールをジョンに伝えるためだ。

ターミネーター(T-800)「通例、コピーされた対象は抹殺される」

ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321

このルールを実際に見せるために二人は殺されたんだ。里親のジャネットに擬態したT-1000はオリジナルを殺害する。そして、このルールが後の母親サラを助けに行くシーンへの起爆剤となる。同時にTー1000の恐ろしさも見せる役割も果たしてるんだ。

よって、二人の死には意味があった。(良かった…)やはりどのシーンのどのアクションも全てに意味があることがわかったと思う。そして映画にとって、物語にとっての「死」は、シーンをドラマチックに仕上げる重要な装飾品なのだ。

脱線終わり。

観客の脳を信用する

39分55秒

場所は変わって、サラが警察病院で事情聴取をされているシーン。サラにとって前半最大の「葛藤」が訪れる。

前のシーンで、シルバーマン医師からジョンに会える希望を絶たれたサラ。さらに、警察からターミネーターがまた現れ、里親が殺されたと警察から聞かされる。しかもジョンが行方不明だともね。サラにとってターミネーターは死神。愛する人を殺された憎き敵。しかし、このままでは何もできない。

この瞬間、サラの「葛藤」はMAXに達し、警察病院を脱出することを決意するんだ。

しかし、その決意の見せ方は非常にクール。サラは嘆くわけでも、激高するわけでもなく、ほんのちょっとした動作を見せるだけ。

そもそもサラは手錠をかけられ、身動きが取れない。騒いだところで何もできない。だからサラは全く動きもせず、一点を見つめている。まるで廃人のようにね。警察もそんなサラの姿を見て聴取を諦める。観客もサラの心が本当に壊れてしまったかもと思わされるほどだ。しかし、警察がサラから目を離したその一瞬の隙、視線がほんの一瞬下に少しだけ動く。そして写真を挟んでいたクリップを手に隠します。

これだけで観客はシーンの意味を理解する。焦点が一瞬定まることでサラは廃人を演じていており、冷静な状態だと分かる。そして手錠をかけられたその手でクリップを盗むことで、何か(錠を外す)を考えていることがわかる。

これ、映画のほんとうに様々なシーンで言えるんだけれど、これが瞬時に理解できるのはなぜだろう?
製作側は観客の理解力を信用して、セリフでなくあえてアクションだけで見せてる。

ちょっと難しい話になるんだけれど、これは「スキーマ」と呼ばれる人間がもともと備えている認知機能を利用しているんだ。

スキーマ…
物事を理解し行動するための、過去の経験や外部環境に関する、構造化された知識の集合や認識の枠組みのこと。(中略)本人の意志とは無関係に作動する。

ポール・ジョセフ・ガリーノ+コニー・シアーズ著, 脚本の科学
ポール・ジョセフ・ガリーノ+コニー・シアーズ著, 脚本の科学, フィルムアート社, 2021年, p.242

簡単に言うと、手錠をしている人間がクリップを盗むところを見た瞬間に、脳が過去に得た同じような経験(=クリップで手錠を外すとか鍵を開けるとか)と照合して意味を理解するんだ。これは実際に経験する必要はなくて、他の映画やドラマや小説でそんなシーンを見るだけでいい。

ねえねえ、今のシーンってどういう意味?と映画を見てる最中に話しかけてくる迷惑なヤツがたまにいるけれど、それは理解力云々ではなくて、そもそもその行動を経験した過去がないから、脳が意味を照合できないだけなんだね。
なので、優しく教えてあげましょう。

あと、作品中でいちいちアクションの意味をくどくど丁寧に説明してしまうのは、こういった機能を信用してないから。会社で誰かがプレゼンなんかしてるとき、1から10をわかっていることまで長々説明されるとイラっとするアレだね。

説明する必要があるorないをどう判断するかは、難しいけれど、監督がどこまで一般的な感覚を持っているかっていうのが大事になってくるのかな。

それぞれの葛藤

ここからジョン、T-800、サラの葛藤が表出してくる。
最初に言った通り、第二幕は「葛藤」。それぞれ解決に向けて試行錯誤する。

41分~

ジョンとT-800の会話。このシーンから物語が大きく動きを見せる。
ジョンが母親に危険が迫っていることを知り、危険を冒して助けに行こうとするシーン。

しかし、冒頭で「頭のおかしい負け犬」って見下してた母親だ。その彼女を助けたいと思わせる自然な理由付けが必要。
言わなくてもなんとなく動機は察することはできるけど、そこは丁寧に「モチベーション」のセットをしている。

ジョン「ママは、何か習えそうな男なら誰とでも暮らした。つまり僕が偉大な軍事リーダーになれるよう、いろいろ僕に教えるためにさ。それからママは逮捕されて…そしたら急に、悪いがお前の母親は気◯い(自主規制)だ、みたいな感じでさ。知らなかった?まるでさ…ずっと信じ込まされた何もかもが、でっちあげのお伽噺になったわけだろ?それで僕はママを憎むようになった。(顔を上げる)でもママの話はぜんぶ本当だった。(立ち上がる)ママをあそこから出さなきゃ」

ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321

とんでもない母親である。そして健気な息子である。

審判の日が事実だとしてもサラのやることは相当ぶっ飛んでる。そんな母親に育てられ、いい子に育ったジョンはマジで人類のリーダー。資質がすごい。

とにもかくにもジョンは母の正しさを知り、全ては未来のため、息子のために全てを尽くしていたとようやく理解する。ジョンは主人公らしく、死を恐れない強い意志で母を助ける決心をする。

一方で、そんなジョンを守りたいT-800にも葛藤が訪れる。

ジョンを守る命令と、ジョンの命令を聞くこと、このプログラミングが矛盾してしまうんだね。
ジョンの命令を聞くと、T-1000が母に成り代わって待ち構えている危険性があるからジョンを守れないという矛盾だ。

さらに、サラを助ける助けないでジョンとT-800がもめていたところへ、騒ぎを聞いて駆けつけた親切な男二人。何を思ったかジョンは二人を挑発、T-800に命令してこらしめさせようとする(助けようとしただけなのに…)。
T-800はターミネーター。当然殺そうとする。それを見て驚いたジョンは咄嗟に止める。

ジョン「まったく…。もう少しであいつを殺すとこだったぞ!」
T-800「もちろんだ。わたしはターミネーターなのだ」
ジョン「いいか、よおく聞うんだ。お前はもうターミネーターじゃない。いいね?わかったか?もう人を殺して回っちゃいけないんだ」
T-800「なぜだ」
ジョン「なぜだって?とにかく、いけないんだ 」
T-800「なぜだ」
ジョン「なぜでも、駄目なんだ、いいな?僕を信用しろ。いいか、僕はママを助け出しに行く。お前も来たいなら、僕は構わないぜ 」

ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321

アイデンティティを揺るがす制限をかけられたT-800。ここのやりとりが最高に小気味よいんだ。

だが、仕方ない。主役になる以上、罪のない人は殺せない。一気に観客の共感を失うから。
T-800がここから機械ではなく人間になる道を歩き出す。

葛藤のぶつかり合い

45分〜

そして、ようやく来たよ。前半の山場。
サラが脱出するまでのシークエンス。ようやくここで主要人物のジョン、T-800、サラ、敵のT-1000がここで初めて集結だ。

まず最初に病院に到着したのはT-1000。サラに擬態してジョンを待ち構えるためだね。前のシーンでT-800の予測は正しいことが分かる。映画の中で予想したことは必ず当たる法則はほぼほぼ当たる。これ鉄則。
「嵐が、来る…」と誰かが言ったら、必ず嵐は来る。

ちなみに主人公の敵やライバルはいつも一歩先を行く。能力も財力も主人公よりちょっと上だったりだいぶ上だったり。だからこそ主人公を応援したくなる。自分より実力がないものを負かすとそれはいじめだ。いじめっこは主人公になれない、決して。これは現実でも同じ。イジメ、ダメ、ゼッタイ。

次に来るのは、サラの病院脱出。
ベッドに拘束されているサラを変態職員が顔を舐めるという衝撃のシーンから始まる。小学生だった当時は、なんちゅーシーンなんだよと驚愕したのを覚えてる。


だが、このシーンにもちゃんと役割がある。サラがこのあと盗んだクリップで見事部屋を脱出する。そのときにサラは顔舐め職員を折ったモップで滅多打ち。本来なら警察病院の職員という立場から彼は善人側。それを滅多打ちされても観客から同情されないように、あえて一線を超えて悪事を働かせる。全てはサラが共感を得られるようにシーンが組み立てられてる
決して監督の趣味ではない。…多分。

止まらないサラは散々いじめられてきた憎きシルバーマン医師の腕を折り、吐き捨てるように名セリフを残す。

サラ「人体には骨が225本あるのよ。ウジムシ。そのたった一本でしょ!」

ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321

ここで真打ち、ジョンとT800の到着だ。
病院に入る前にジョンはルールの確認をする。人を殺さないという絶対的なルールだ。T-800はジョンの言いなりなので素直に従って誓いをたてる。(可愛いポイント)

しかし、その直後、T-800は病院のゲートにいた守衛の両膝を打ち抜き、ドヤ顔で一言。

T-800「彼は死なない 」

ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321

ジョンも開いた口が塞がらない。ターミネーターとしての矜持が見える。

警察病院という場所に、それぞれの葛藤を抱えた4人が集結する。

  • ジョンは母親を助けたい
  • サラは息子を守るために病院を脱出したい
  • T-800はジョンを守りたい
  • T-1000はジョンをターミネートしたい。

第一幕から観客に情報を少しずつ開示しながらお膳立てをしていき、ここへ来て葛藤がピークを迎える。
全員がそれぞれの思惑で動き、誰一人として受け身ではない。バックグラウンドがしっかりと観客にインプットできているからこそ、薄っぺらになりがちなアクション映画に成り下がっていないんだ。
だから面白いと感じる。

このシークエンスで、内の葛藤がアクションシーンとして表出して、警察病院でジョンたちとT-1000の壮絶なアクションシーンを繰り広げる。(実際は映画を観てほしい!)

T-800「死にたくなければ、わたしと来い」

ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321

前作で、カイル・リースがサラに言ったセリフをまんまT-800が言い、とうとうサラを救出する。
ここでサラが咄嗟にT-800の手を取ってしまった理由も、一瞬カイルの姿が重なったからではなかろうかと勝手な想像をしてしまう。

こうしてジョンは母親を取り戻し、病院を離れる。
ここがちょうど物語の折り返し地点。時間的にも1時間1分あたり。ちょうど映画のド真ん中。

第二幕はT2のように、前半と後半で分かれることが多い。物語のちょうど真ん中(二時間映画だと一時間経ったあたり)に山の頂上が来るように設定されている。これをミッドポイントと呼ぶ。

この頂上にどんなシーンを持ってくるかというと、「仮の勝利」とか「見せかけの勝利」なんて呼ばれるシーンを持ってくることが多いんだ。

T2の場合は、母親を取り戻すことに成功し、ジョンは一見目的を果たして満足したように見える。けれど、最初に設定されたジョンの葛藤は「家族を取り戻すこと」。直後のシーンを観るとすぐにそれがまだ達成されていないことが分かる。ここから物語は第二幕後半に入り、第三幕の「解決」に向けて加速していく。

といったところで、本日はこれでおしまい。次回は第二幕の後半に入っていく。
では、また次回まで!

映画は、みんな素晴らしい。

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