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映画をぶっ壊せ!!『ターミネーター2編』③:第一幕(全10回)

このブログを読む前に一つだけ。思いっきりネタバレします。

状況設定とは?

今回は、今回こそは本編に入ろう。今度は嘘じゃないっす。

前回、「幕」について説明した。そして第一幕の役割は「状況説明」という話も。
実際にT2では、どうなっているのか、今度は本格的に第一幕のかたまりをバラバラになるまでぶっ壊して見ていこう。

「状況設定」とはどんな要素があるのかもう一度おさらいすると、
この映画が、どんなテーマで、いつの時代で、場所はどこで、主役は誰で、敵は誰で、仲間は誰で、世界の仕組みがこんなで、ってのを設定する必要がある。

時代背景

まずは冒頭。0分00秒

ジョンの母親であるサラ・コナーがガイド役を担っている。冒頭からナレーションという形を使って、この映画の舞台や背景についてを、恐ろしい映像とともに分かりやすく伝えている。実際のセリフはこちら↓

声「1997年8月29日。30億の人命が核戦争で失われた。核の炎を生き延びた人々は、その戦争を「審判の日」と呼んだ。生き残った彼らはしかし、また別の悪夢にうなされた。機械との戦争… 」

ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321

一字一句無駄のない完璧な説明だ。このセリフを考えるのにどれだけ時間がかかるか苦労が伝わってくる。これと映像が合わさって、世界の仕組み、背景がよくわかるようになってる。

肝心の映画本編の説明は、冒頭3分くらいのところでめっちゃ教えてくれる。それはもう分かりやすく。子供でもわかるように。実際のセリフはこちら。

声(サラ・コナー)「最初のターミネーターは、ジョンが生まれる前、1984年の時点で、私を攻撃するようプログラムされていた。が、それは失敗に終わった。第2のターミネーターは、少年に成長したジョン自身を狙うようセットされていた。以前同様、抵抗軍は戦士をひとりだけ送りこむことができた。ジョンの護衛だ。問題はどちらが先に、ジョンを探し出すかということ… 」

ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321

T2は続編なので、前作で起こったことも説明する必要がある。サラっとね。今回のターミネーターの狙い、前作同様またも護衛役がひとり送り込まれたことがセリフからわかるようになってる。
(それが前作と同じタイプのT-800というのは伏せているが)

映画は基本的に前作を観ている前提で創ってはいけない。必ず初見組がわかるようにしないとダメ。たとえ前作を観たとしても忘れている人もたくさんいるからね。私のように。

とはいえ、最近のMCU系の映画とか、ハリー・ポッターとかは、原作を観ている、知っている前提で話が進んだり、元ネタ知らなきゃ分からないようなサプライズを用意したりしてるので、観客の知識に委ねてる映画もちょいちょいあるけど。まあ、それはファンへの信頼なのか、創り手の傲慢なのかはわからないけど、基本的にはちゃんと説明はしたほうがいいとは思う。

ちなみに、ナレーションのセリフで状況を伝える手法は、必ずしも完璧な手段ではない。
かの偉大なサスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックが言うには、

「映画でストーリーを語るときには、どうしても必要な時以外は台詞にけっしてたよってはならないというのが鉄則だと思うんだよ。(中略)できるかぎり台詞にたよらずに、視覚的なもので勝負することがかんじんだ」

アルフレッド・ヒッチコックの写真
フランソワ トリュフォー著,定本ヒッチコック映画術トリュフォー ,山田宏一, 蓮實重彦訳, 晶文社, 1990年, p.384

映画は「語るな、見せろ」が原則。

セリフばかりに頼った映画はどうしても説明口調になるし、言わなくてもわかるわ!とバカにされた気持ちになって、世界に入れなくなる。日本のテレビドラマなんか特に昔からそんなんで、今も変わらないイメージ。
とはいえ、絶対原則ではない。だから、まあ…固いこと言わず、伝わればいい。セリフは時間の節約になるので、実際。ただ、映画は視覚的な娯楽なので、基本的にヒッチコックは正しい。

ここまでたった、4分。

どんなテーマで、いつの時代で、場所はどこで、を説明し、舞台を整えたあとにオープニングクレジットが来る。ここから映画が本格的に始まるという合図。
激しい炎で公園が焼き尽くされ、そしてその炎の中から前作の敵であるT800の恐ろしい骨格が浮かび上がります。
T2を代表する象徴的なシーン。これからどんな物語が待ってるんだろうと、ワクワクと興奮が止まらない。

激しい炎が画面いっぱいに広がっている。
写真はイメージ

登場人物の紹介

開始から、5分55秒。

この映画の輪郭となる舞台を整えたあと、待ってましたとばかりに真打ち登場。

青白く放電されたような光と共に、何も無い空間から突如現れる素っ裸のシュワちゃん。今回の主役、Cyberdyne Systems Model 101 Series 800 Version 2.4、通称T-800だ。当時、どれだけの人がこの登場シーンを真似したことか…。
しかし、何だか様子がおかしい。前作で罪なき人々を殺しまくっていたT-800がバーでのシーンで誰も殺さず、服と、ブーツと、バイクだけ要求する。これは違和感。さらに銃を向けられた店主に対しては、銃を奪い、サングラスを奪うだけで、立ち去る。

そして直後のシーン、もう一体のターミネーター、T-1000が青白い稲光とともに登場。(映ってはいけないものが映っているのかいないのかで大騒ぎしてたやつ)そしてT-800と決定的に違う行動を取ります。異変に気づいたパトロール警官があたりを捜索すると、物陰から飛び出してきたT-1000は警官を躊躇なく殺害。その直後、パトカーを奪い、ジョン・コナーの住所を検索することで、ターゲットにしているのが分かり、次のシーンの呼び水となっている。

ここで、2体のターミネーターが登場。しかし、その「態度」はとても対照的。陳腐なセリフで自分の目的は説明せず、どちらが味方でどちらが敵かが推察できるようにコントラストを使って見せているのがわかる。

ネタバレにもならないので、言ってしまうが、今回のT-800はジョンを守るために送られてきた味方であるのだが、彼の葛藤は、ジョンをターゲットにする「T-1000」そのものとなり、これを解決しなければジョンを守れない。

ジョン・コナー

12分50秒過ぎジョン・コナーの登場シーン。

第一回でテーマについて話をしたけれど、物語の本当の主役はジョンであり、「家族の再生」をテーマにしていると大胆にも宣言してしまった。でも、本当にそうなの?適当にこじつけてるだけだろう?と言うかもしれない。しかし映画を見れば誰でもわかるよう、冒頭でしっかりとそうであることを見せているんだ。
では、ジョンの登場シーンを観てみよう。

シーン冒頭、里親と思われる、トッドとジャネットがジョンに手を焼いている様子が描かれる。義母のジャネットが義父のトッドに部屋を片付けるよう注意してくれと言われ、そのとおりにすると、↓のような返事でジョンは返します。

トッド「ジョン!うちに入って、母さんの言ったとおりにしろ!」
ジョン「あんな女、母さんなもんか、トッド !」

ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321

これは里親がホントに可哀想。義母は自分の子供のように育てようと一生懸命ですが、全く懐かず、義父も呼び捨て。しかし、このやりとりでジョンの問題が浮かび上がる。ジョンは本当の両親と暮らしておらず、その生活にも馴染んでいないということ。

そして、すこしシーンが飛んで17分あたり、ジョンは高度なデバイスを使ったインテリジェンスなATM強盗を働いている(たった10歳で!)。未来の抵抗軍のリーダーはちまちま日銭を稼ぐ小悪党に落ちぶれている。これは真っ当な両親が不在だった結果です。さらに、本当の母親のサラを、「頭のいかれた負け犬」と呼んでおり、未来に起こることも信じられず、実の母親に対する態度も歪んでいるのがわかる。でも、ある意味仕方がない。なぜなら、母親から未来のリーダーだと言われ続けて育てられ、当の母親はコンピューター工場を爆破しかけて、警察病院に入れられてしまう。これはもう毒親の域を超えているよね。

両親の不在と確執。これが設定されたジョンの「葛藤」であり、解決すべき問題となる。

それってジョンの個人的な事情であってテーマだとは限らないじゃないか!と信じてくれないあなた。いいですか。映画は2時間という短い時間ですべてを解決しなければならない。関係ないシーンは1分1秒たりとも入れられない。
だから、

全てのシーンには必ず意味がある。

シド・フィールド曰く、

すべてのシーンまたはシークエンスの目的は、ストーリーを前進させるか、登場人物に関する情報を明らかにすること

シド・フィールド著, 最高の映画を書くためにあなたが解決しなくてはならないこと, フィルムアート社, 2019年, p.362

これに例外はない。逆に上の2つが入っていないシーンはいらないシーン。これは言い切れる。
そんな原則のもとで、状況設定をしなければならない貴重な第一幕でわざわざ2分半も使ってこの問題を見せるのか。導き出される答えはたった一つ。物語の中でこの問題に対してなんらかの答えが出るのだ。

ジョンはサラと本当の親子になれるのか、そしてまだこの冒頭では明確に示唆されていないが、マシーンはジョンが失った父親足り得るかという、2つの点が真のテーマということになる。

このテーマはトレーラーにもあらすじにも載ってこない。けれど、ロボットと暮らしたことがなくても、母親が工場を爆破しかけて捕まったことがなくても、アメリカで里親と住んでなくても、家族の問題は誰にとっても理解ができ、共感しやすい普遍のテーマとして、物語を支えているのだ。

と、ここで状況設定の前半は終わり。次回は後半パートに入っていこう。

映画はみんな素晴らしい。

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