このブログを読む前に一つだけ。思いっきりネタバレします。
この映画のテーマ
『ターミネーター2』ってどんな映画?
できれば一度本編を観てほしい。とはいえ、ネタバレしたところで面白さは変わらないので、了承いただけるなら観なくても大丈夫。何度観ても名作は永遠に名作なのだ。
ネタバレも映画観るのもブログ読むのもいや!というのなら、ウィンドウを閉じて誰かのために時間を使いましょ。

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というわけで、映画をぶっ壊せ!!の記念すべき第一弾。
お題となる映画は、前回の予告通り、『ターミネータ−2』(以下、T2)をチョイス。
思う存分語り尽くしていこう。(結果10回にもなってしまった・・・)
まずは、この映画について簡単にご紹介。
公開は1991年のアメリカ(もう30年以上前!)。
監督と脚本を担当するはタイタニックやアバターでおなじみ、ジェームズ・キャメロン監督。主役はシュワちゃんこと、アーノルド・シュワルツェネッガー。
ターミネーターシリーズの第二作にあたる映画。本作の超絶ヒットにより、このシリーズは今もなお根強い人気を誇り、続編として映画やドラマが作り続けられている作品。
(当時はT3が出るのを祈るように夢見ていた。しかし夢は夢のままがいいという教訓を学んだ作品でもあった・・・)
あらすじ
ジェームズ・キャメロン&ウィリアム・ウィッシャー著, コンプリート・スクリーンプレイ「ターミネータ−2」, 1992年, p.321
最初のターミネーター出現から10年後。サラ・コナーの息子は10歳に成長。ジョンは、近未来に人類抵抗軍のリーダーだ。機械軍はジョンを少年のうちに殺すため、新しいターミネーターを送り込む。ある日ロサンゼルスに2体のターミネーターが未来から送り込まれる。息子を守るために、サラの死闘が始まる。
だが、残忍非道なターミネーターに立ち向かうサラとジョン母子に、強い味方が現れる。いかなる犠牲を払ってもジョンを守れと厳命を受け、人類抵抗軍によって送り込まれた戦士だ。
未来への戦いが、いま始まる……
ターミネーター2 3D 公式サイトより抜粋 http://t2-3d.jp/about/
これは何の映画?
早速、この映画をぶっ壊していこうと思う。いきなりバラバラにするのもいいけど、焦りは禁物。
まず手始めに、縦に真っ二つ。パカーン!と威勢よく割ってみる。すると中に固い芯のようなものが見える。
この芯の正体は、
「テーマ」
主題とも言う。このテーマというのは映画が必ず持たなければならない必需品。屋台骨、背骨、芯、強力に目的地を指すラピュタの飛行石。二時間という映画の旅で私達観客をいざなう羅針盤となるもの。これがわかれば、この映画は何についての物語なのか、どういう心持ちで見ればいいのかがわかる。
こんな経験はないだろうか?映画を観ていて、何なの?何が言いたいの?とモヤっとした気持ちになったこと。それは大概がテーマが分かりづらい、曖昧、不明、そもそも無かったりすることに原因がある。
まずはテーマ。これを把握することから映画の旅は始まる。
T2のメインテーマは、「生き残る」こと。
T2のテーマは前述のあらすじを見ればわかるように、とてもシンプル。ジョンを殺すために未来から送り込まれた極悪非道のターミネーター、T-1000からジョンは生き残れるか。そしてジョンを守るために未来から送られてきたもう一体のターミネーター、T-800はジョンを守り切れるのか。
これが大きなメインテーマとなり、それにそって映画が進行していく。この映画はものすごくシンプルに言ってしまうと、
ジョンが死ぬか生きるかを観ていればいい。
この映画の中で、何度も何度もジョンが狙われ、殺されかけるのは、「生き残る」というテーマがあるからだ。
ただ、それだけなら間違いなく退屈で凡庸な映画になってしまったはず。決してレジェンドの仲間にはなれなかった。だったら、他に何があるというのか。
前回の前説で、映画の本質は物語だよって書いたけれど、その物語において一番大事な要素は何かって話をすると、
それは、「ドラマ」。
ドラマとは何なのか?
ドラマ自体の言葉の語源は、ギリシャ語の「ドラーン(行為する)」から来ている。
それはさておき、ドラマってなんなのって話になると、どの解説本を読んでも、次の言葉が本当によく出てくる。
全てのドラマは葛藤である。
シド・フィールド著『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』原題:Screen play フィルムアート社, 2009年, p.352 thedemonhog – Screenwriting Expo at the Los Angeles Convention Center hosted by Creative Screenwriting magazine,
CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=7173741による
※このシド・フィールドって人は、昔からある「三幕構成」の理論を初めて体系化し、全米脚本家協会で初めて名誉の殿堂入りを果たしたすごーい人。これから何度も出てくる人なので、以後お見知りおきを。
そう、ドラマは葛藤なんだ。もし葛藤がないとどうなるか。シド・フィールド氏は続けてこう言っている。
葛藤なしでは、アクションは生まれない。アクションがなければ、キャラクターを作ることができない。キャラクターなしでは、ストーリーが生まれない。ストーリーがなければ、脚本は存在しない。
シド・フィールド著『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』フィルムアート社, 2009年, p.352
要するに、葛藤がないとドラマは成立しないと言っている。
じゃあ、葛藤って何よ?って話になると、
よく耳にする、マズローの欲求段階説を見てほしい。
これが基本的な葛藤の一覧だと思ってくれたらよい。
詳しくはwikiを見てほしいけれど、簡単に言うと下に並べた5段階の上に行けば行くほど高次元の欲求となる。
そして、階層の下層段階を満たさないと、次の段階の欲求は達成しない。
(マズローの)欲求段階説
「自己実現理論」より抜粋『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。19th Friday July 2024 15:37 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org
- 自己実現の欲求
- 承認(尊重)の欲求
- 社会的欲求 / 所属と愛の欲求
- 安全の欲求
- 生理的欲求
ニール・D・ヒックスの「ハリウッド脚本術」を参考に、各欲求をドラマの葛藤に置き換えてめちゃめちゃ簡単に言うと次のようになる。
○自己実現の欲求=私は私の使命を果たしたい
極めて個人の内面的な葛藤。創造性、自己表現、個人的な成就。外的な目的として劇的に描くのが最も難しい。
『生きる』『デッドマン・ウォーキング』『17歳のカルテ』
○自我欲求(=承認(尊重)の欲求)=成功したい!金持ちになりたい!
社会との葛藤。尊敬、評判、自尊心、地位を求める。
『ヒート』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』『市民ケーン』『ゴッドファーザー』
○社会的欲求=愛されたい!
恋人や家族などの個人間の葛藤。個人内と個人間のドラマは常に、愛と一員であるということを、第一の外的な目的としている。
『普通の人々』『タイタニック』『ロミオアンドジュリエット』『エターナル・サンシャイン』
○安全への欲求=殺される!助けて!
安全と危険の葛藤。恐怖や危険からの自由。安全が第一の外的な目的となっている。
『七人の侍』『ジュラシックパーク』『デイ・アフター・トゥモロー』『クワイエット・プレイス』
○生理的欲求=生きたい!
生死の葛藤。それらなしには生きていけないもの。寒さ、飢え、乾き。これを外的な目的とした映画は少ない。
『キャスト・アウェイ』『オデッセイ』
これにあてはめて、T2のメインテーマを見てみると、「安全への欲求」があてはまる。これは比較的低次元の欲求を巡っての戦いということになる。この葛藤のジャンルとしてかなりアクション映画が多い。この理由をニール・D・ヒックス氏は自身の命を守ることに強烈な動機づけをすることができ、観客にとっても安全かどうかは容易に識別できると語っている。要するにエンタメの基本である「わかりやすい」を実現するにはもってこいのテーマなのだ。
真のテーマ
何度も言うが、メインテーマは、ジョン・コナーを生き残らせるために必死で守るT-800の活躍、すなわちシュワちゃんの活躍を中心に映画が進んでいく。観客は主にそれを観に来ているからこれはこれで問題なし。
しかし、実はこの映画はメインテーマ以外にもう一つ重要なテーマを持ってる。真のテーマと言ってもいい。これがこの映画を一段上のレベルに引き上げている。このテーマの主役はサラの息子、ジョン・コナーだ。
では、もし本当にジョン・コナーが主人公であるというのなら、どんな物語の主人公なのか。
物語の冒頭、ジョンは両親を失っている。父親は前作を見ればわかるとおり、すでにこの世におらず、母親のサラとも離れ離れ。頼みの里親とも全くうまくいってない。思春期の子供としては非常に不安定になる要素満載で、実際にちゃんとグレてる。
まさに、社会的欲求=愛されたい!が欠乏している状態で、ジョンは両親の愛という子どもの成長には欠かせない要素がないという葛藤を抱えている。
ということで、もう一つのテーマは、ジョンは家族を取り戻せるのか?という
「家族の再生」になっている。
これがこの映画に深みと厚みを与えている。結局人間はドラマを観に行く生き物ということ。派手なアクションや殺人マシーンから生き残るみたいな非現実的な共感しづらいテーマはそれだけでは飽きてしまいがち。だから、家族の問題という誰もがなにかしら共感できる普遍的な問題をしっかりと物語に組み込むことで、観客は自分の住んでいる世界とは全く関係のない架空のキャラクターに共感して、物語にのめりこんでいくのだ。
それって本当に?どこかにそうやって書いてあったの?シュワちゃんが銃をぶっぱなすだけの映画でしょ?
と思っているそこのあなた。答えはちゃーんと本編の中にあるんだ。それを次回証明してみせよう。
といったところで、今日はここまで。本編はまだ始まってもいないけど…。
…次回は第一幕をぶっ壊していくよ!
映画は、みんな素晴らしい。


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