このブログを読む前に一つだけ。思いっきりネタバレします。
第一幕
ここから本編。第一幕をぶっ壊せ!!
状況設定
映画は状況設定から始まる。覚えてるかな?
前回のT2編で説明したように、第一幕は「状況設定」だね。
状況設定とは、意味はそのまんま。いわゆるつかみのパート。
映画をぶっ壊せ!!『ターミネーター2編』②:幕(全10回) より
この映画が、どんなテーマで、いつの時代で、場所はどこで、主役は誰で、敵は誰で、仲間は誰で、世界の仕組みがこんなで、っていうのをここで説明する。
0分〜
『ハリー・ポッターと賢者の石』の冒頭は、魔法学校のホグワーツ校長のダンブルドアが幼いハリーを親戚のダドリー家に託すところから始まる。
状況設定らしく、4分ほどのシーンにたくさんの情報が詰めこまれてる。
初手、霧深い夜、現代の建物が立ち並ぶ一般的な住宅街。プリヴェット通りに、一人のいかにも魔法使いな出で立ちのダンブルドアが現れ、電灯の光を魔法の力で吸い取る。直後、家の前にいた猫が、魔女のマクゴナガルに変身する。極めつけに、空から空飛ぶバイクに乗ったハグリッドが赤子を連れて降りてくる。
この一連の流れを見て、全くハリー・ポッターを知らない人でも、舞台が現代の魔法使いの物語だとわかる。
次に、3人の会話を聞いてみると状況もわかるようになってる。
まず、彼らの名前。ダンブルドア先生、マクゴナガル先生、ハグリッド。この3人はシリーズの最後まで魔法学校ホグワーツの主要人物として出てくるほどの重要人物だ。そんな彼らを最初に登場させて印象付けているんだね。
次に、赤子を時が来るまで預けなければならない事情があること、赤子に身寄りがないこと、その預け先のダーズリー一家が最低の一家だということ、これを少ない会話の中でわかりやすく説明している。
最後に、その赤子について。その赤子は名前を知らぬものがいないほど有名になること、その赤子こそがハリー・ポッターだということが明かされ、おなじみである額の雷のような傷をアップに映し出し、シーンは終わる。
これらの情報は、これから起きる壮絶な事件の数々を予期させるような伏線になってる。
「ヒーローズ・ジャーニー」のクリストファー・ボグラーもオープニング・イメージについてこう言ってる。
オープニング・イメージは、ストーリーのムードを作り、伏線を張るための強力なツールである。(中略)ストーリーのテーマを示し伏線を張ることで、その登場人物がこれから直面する問題を観客に知らせることも出来る。
クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495
これが冒頭4分で行われたことだ。
ハリー・ポッターのようにどんな有名な原作ものでも、それにあぐらをかくことなく、全く知識がなくても大抵の人が理解できるように丁寧に創るのは、大前提であり、鉄則だ。
映像で理解させること、セリフで理解させること、これらを使い分けて最大限に情報を伝わるよう細心の注意をもって作られているのだ。
ステージ1:日常の世界
4分〜
赤子だったハリーが一気に11歳まで成長し、ダーズリー家で目覚めるところから始まる。
先に進む前に、今一度、前説で説明した、「ヒーローズ・ジャーニー」をおさらいしよう。
ヒーロー(主人公)の旅には、全部で12段階あり、第一幕では、最初の3つがあてはまる。
- 日常の世界
- 冒険への誘い
- 冒険への拒絶
- 賢者との出会い
- 第一関門突破
- 試練、仲間、敵対者
- 最も危険な場所への接近
- 最大の試練
- 報酬
- 帰路
- 復活
- 宝を持っての帰還
1.日常の世界
これは、T2のときに話をした、テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼでいうところの、テーゼの部分。旧世界と言われたりする世界だ。新しい世界に飛び込む前の主人公が住んでいる世界のことだ。
多くのストーリーが、ヒーローや観客をスペシャルワールド(特別な世界)へ連れ出す旅である。その旅のほとんどは、第二幕以降のスペシャルワールドとの比較のためにオーディナリー・ワールド(日常の世界)を設定するところから始まる。
クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495
この映画も、ハリーの日常の世界を映し出すところから始まる。
ここでのハリーは強烈に不幸だ。ダーズリー家に預けられたハリー。年齢は11歳手前。部屋は階段下の物置、ハリーの従兄弟にあたる一人息子のダドリーに散々いじめられ、その両親のバーノンとペチュニアも止めもせず、むしろハリーの存在を疎んでいる。ハリーはただただ耐え忍ぶのみ。決して幸せそうには見えない。
これがハリーの「日常の世界」だ。
テーマでも話はしたけれど、ハリーは大きな欠点を持ってる。額の物理的な傷もそうだけど、なによりも愛情が致命的に欠如してること。当たり前のように親から与えられる愛情というものが皆無なのだ。
一般的に、この「日常の世界」パートでは、世界観だけではなく、主人公や他の登場人物の紹介もかねている。この時点では主人公が欠点を持っていたり、傷ついているヒーローが描かれることが多い。
ヒーローや他の登場人物たちを人間らしく見せるには、彼らに<傷>を与えることだ。それは目に見える身体的な怪我や深い心の傷でも構わない。
クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495
ハリーも大きな欠点と内面と外面の傷を持っている。額の傷は物語の大筋に関わり、内面の傷はストーリーや人物に深みを与え、より観客がハリーに共感できるようなキャラクター設定が用意されている。
5分58秒〜
ハリーの状況の次は、ハリーが持つ能力を観客に見せていく。
ダドリーの誕生日のお祝いに動物園に行くことになったハリーは、そこで特殊な能力を見せる。
ハリー「…君、聞こえてるの?僕、ヘビと話すの初めてだよ。君は…えっと、よく人と話すの?ミャンマーから来たの?良い所?家族が恋しい?そうか…。僕もだよ!親の顔を知らないんだ」
ヘビと会話するハリー。続いて、ダドリーにちょっかいを出されたハリーは、怒って睨みつけると、ヘビの檻のガラスが消え、ダドリーが中に落ちてしまう。
ここで普通の子どもではない特殊な能力があるとわかる。(魔法使いの間でも特殊だけど)
しかし、当の本人は自分の能力に気づいていない。
ハリー「僕じゃない!本当だよ!あっと言う間にガラスが消えたんだ!魔法みたいに!」
バーノンが物置にハリーを押し込み、鍵をかける。
バーノン「ほれっ、魔法なんて物がな、あってたまるかっ!」
ハリーが魔法使いの素質があるという「予兆」を観客に見せることで、これから入っていく新しい世界に対しての心の準備をさせていく。
ステージ2:冒険への誘い
意味はそのままで、新しい世界への移行のきっかけになる出来事のことだ。
呼び名は色々とある。シド・フィールドは「インサイティングインシデント」と呼び、ブレイク・スナイダーは「きっかけ」と呼び、ロバート・マッキーは「契機事件」などと呼ぶ。
この事件をきっかけに、主人公が物語の本筋に入っていく。
ハリーに来る冒険への誘いはとってもわかりやすい。
8分35秒〜
ある日、その日はハリー・ポッターの11歳の誕生日前日。ハリーにとっては誕生日は何でもない日。なぜなら誰も祝ってくれないから。そんな日にハリーに不思議な出来事が起こる。
一羽のフクロウが手紙を抱えて来る。ハリーの家の上で手紙を放す。
その手紙は、のちのちにわかるが、ホグワーツ魔法魔術学校の入学許可証だ。
ハリー・ポッター卒業アルバム, 竹書房, 2011
これがまさに「冒険への誘い」となり、主人公ハリーの人生を変える最初のきっかけとなる。この映画の場合は、=「インサイティング・インシデント」にもなってる。
大抵の映画はきっかけとなる事件が起きる。それは直接的にも間接的にも様々な形で主人公をいざなう。
恋愛映画なら相手との出会い、サスペンスなら最初の事件、ホラーだったら別荘への招待状、パニック映画なら、各地で起こる異常気象、SFなら主人公が見る夢の中の出来事、などなど例をあげたらきりがない。
この事件を皮切りに、第一幕の終わりに来る、ファーストプロットポイントへとつながっていくんだね。
一度、この誘いを受けた主人公は、もはや日常の世界にはいられない。否応もなく、冒険へと駆り出される。
しかし、すんなり冒険へと旅立ったら面白くない。いきなり新しい世界への扉を開くには「勇気と覚悟」が必要となる。それが次のステージ、「冒険の拒絶」だ。
ここで一旦休憩。続きはまた次回で。
映画は、みんな素晴らしい。


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