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映画をぶっ壊せ!!『ハリー・ポッターと賢者の石』編⑬:第三幕・参 最終回

このブログを読む前に一つだけ。思いっきりネタバレします。

最終回

長かった「ハリー・ポッターをぶっ壊せ!!」も最終回だ。英雄の旅もフィナーレを迎える。
前回は、ハリーがクィレルを倒し、かろうじてヴォルデモートを追い払ったものの、そのまま気を失ったところで終わった。では、このシリーズで言うのも最後になるけれど、言わせてもらおう。勝手に言ってるだけだけど。

ハリー・ポッター賢者の石、第三幕、フィナーレをぶっ壊せ!!

ステージ11:復活

  1. 日常の世界
  2. 冒険への誘い
  3. 冒険への拒絶
  4. 賢者との出会い
  5. 第一関門突破
  6. 試練、仲間、敵対者
  7. 最も危険な場所への接近
  8. 最大の試練
  9. 報酬
  10. 帰路
  11. 復活
  12. 宝を持っての帰還

最後の戦いを終えた主人公。「復活」というステージに移行する。

ヒーローは死と生の瞬間によって内面的な変化が起きる。同時に、その変化によって新しい人格として生まれ変わり、日常の世界に帰還することができる。

クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495

復活を遂げるには、一度「」が必要だ。このステージは、「死と再生」とも言える。
このあたりについては、「映画をぶっ壊せ!!『ターミネーター2編』⑩:第三幕 最終回」でも触れているので、おヒマなときに読んでみてほしい。

繰り返しになってしまうけれど、どの物語の主人公は一度は「死ぬ」必要がある。ここはすごく大事。

これをよくある神話や昔話に重ねて考えてみる。
主人公が欲しがっている特別な「宝」は、主人公がもともといた現世(オーディナリー・ワールド)には存在しない。それは、向こう側の世界、三途の向こう側、神の住む世界、すなわち、あの世(スペシャル・ワールド)」に存在している。スペシャル・ワールドには、決して生身の体では行けない。だから、死ななければならない。あちらの世界でで手に入れた報酬)を持ち帰るために、もう一度この世に「帰還」し、「復活」する必要がある。

この「復活」は多くの映画で見ることができる。
タクシードライバー』(76)のトラヴィスは瀕死の重傷を負うが、復活する。
ターミネーター2』(91)のT-800は一度破壊されるが、予備電源により「復活」する。
パイレーツ・オブ・カリビアン呪われた海賊たち』(03)のジャック・スパロウはアステカの金貨の呪いで、一度死人になるが、復活する。ジャックの場合はあんまり「変化」はしないけど…。

持ち帰る宝は、全てが物質的な宝なわけではない。新しい価値観だったり、他人への思いやりだったり、パートナーへの愛だったり、形は様々だ。とにかく大事な宝を手に入れた主人公は、生まれ変わり、「変化」を遂げて戻って来るのだ。そこに古い自分はもう存在しない。

だいぶ話がそれたような気もするけど、ハリーに話を戻そう。ハリーが一人きりで最後の戦いの場に赴いたのは、ハリーしか入れない領域ということを暗示してる。実際は誰でも入れる場所なんだけどね。そこで報酬である「賢者の石」を手に入れ、ヴォルデモートやクィレルに殺されそうになりながら、死線をさまよい、なんとか敵を振り払う。

これがハリー・ポッターでいう、「」に相当する。ヒーローズ・ジャーニーの定義に完璧にあてはまっているわけじゃないけど、たくさんの映画が、この「復活」のフェーズに命をかけた最終決戦を生き残るというシーンを持ってきている。

身を清める

最終決戦の後、元いた場所に戻るときに、やることがもう一つだけある。それは、「身を清める」こと。

大昔に世界中の部族で行われていた成人の儀式でも、似たようなことをしていた記録が残っている。儀式を終えた若者は、一時的に隔離されることが多い。それはあちらの世界にいたことでついた死の匂いを洗い流し、体を清めた状態で皆のもとに戻るという意味があるからだ。日本でも葬式や法事の帰りに塩で体を清めると同じような意味合いだ。死や死の世界はこちらにとって、「穢れ」だから。

物語に話を戻す。ハリーが気を失ったあと、ホグワーツの病室で目を覚ます。そこには誰もいない。隔離状態されているような描写になっている。そこでハリーは身ぎれいにされ、治療を受けている。これで穢れを落とすという行為を代替している。

そこに来るのは、「賢者」であるダンブルドア。ハリーは、ロンとハーマイオニーの無事を確認し、手に入れた賢者の石のことを聞くと、石は破壊してしまったと答えるダンブルドア。さらにハリーだけが石を手に入れられた秘密を明かす。それは、
石を探し求め、見つけても使おうとは思わない者” 
という条件でのみ手に入れられる仕掛けだったこと。ハリーが純粋に石を守ろうと手に入れた事がわかる。

こうして復活したハリー。とうとう最後のステージを迎える。

ステージ12:宝を持っての帰還

  1. 日常の世界
  2. 冒険への誘い
  3. 冒険への拒絶
  4. 賢者との出会い
  5. 第一関門突破
  6. 試練、仲間、敵対者
  7. 最も危険な場所への接近
  8. 最大の試練
  9. 報酬
  10. 帰路
  11. 復活
  12. 宝を持っての帰還

もし彼が本当のヒーローならば、スペシャル・ワールドからの宝を持って帰還するはずだ。他の者達と共有できる何かを、あるいは病んだ土地を癒やすための力を秘めた何かを持って。

クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495

最後は、「宝を持って帰還」というステージだ。このステージは、帰還したヒーローが、自分や親しい人たち、そして世界にとってもたらした「宝」を明示する場所だ。

また、観客にとっても、脅威は去り、緊張が和らぐ瞬間でもある。物語に設定されたすべての疑問や問題を「精算(ペイオフ)」されることを期待する。どんな小さな伏線も観客は必ず覚えている。その伏線が回収されないと、帰り道や、シャワー中、そして寝る前に、「あれ、そういえばあの話ってどうなったんだろ?」ともやもやした気持ちを抱えることになる。そうしないことは製作者の責任だ。メインストーリーに気を取られすぎてそういったことが映画の中ではよく起こる。

賢者の石は危険すぎるため、破壊するに至った。では、ハリーがオーディナリー・ワールドに持ち帰った「」が他にもあるのか。みんなにとって、魔法界にとっての「」とはなんだったのだろう。

一旦は、ヴォルデモートも追い払ったし、賢者の石で蘇ることは無くなった。そういう意味では一時的だけど、世界に「平和」という宝をもたらしたことは間違いない。

だけど、それは宝物のほんの一部に過ぎない。

ハリーが手に入れた本当の宝

じゃあ、ハリーが手に入れた本当の「宝」は何だったんだろう。その答えをダンブルドアが教えてくれる。
(ダンブルドアは何でも知ってるのだ)

ダンブルドア「ハリー、どうしてクィレルが君に手を出せなかったかわかるかね?…お母さんのおかげじゃ。命と引き換えに君を守った。それが君に印を残した。(ハリーが額の傷を押さえる)いや、目に見えない印じゃ。君の肌にそれが残っておる」
ハリー「どんな印を?」
ダンブルドア「愛じゃよ、ハリー。愛じゃ」

ハリーが愛されていたという事実。これがハリーが手に入れた「」の一つだ。
物心ついてからダーズリー家で虐げられ、愛されないことが当たり前だった人生だったが、初めて自分が愛されていたということを知り、その愛が今も自分を守ってくれていることを知る。子どもにとって愛されることが人格を形成するうえで本当に大事なことであるゆえに、ハリーにとっては最強の宝を手に入れたことになる。

その後、ハリーはロンとハーマイオニーの元へ帰り、再会を喜び合う。その後に、ハリーたちの最初のホグワーツでの1年が終りを迎え、クラスの総合得点が発表される。ここで、ハリーたちの活躍が評価され、グリフィンドールは逆転優勝を果たし、皆から大歓声で祝福される。グリフィンドールにとって優勝カップはハリーたちがもたらした「宝」だ。だけど、これはそれだけじゃない。

2つ目の「宝」、それは、自尊心。子どもの成長に必要な要素の一つだ。ダーズリー家では自尊心を踏みにじられることしか無かっただろうし、自分の価値を見いだせる環境にはいなかった。それが、ホグワーツに来て、友達も出来て、自分がやったことを心から称賛し、祝福してくれる仲間がいること。自分自身に価値を見出すことの大事さを学んだんだね。

そして、とうとうラストシーンだ。生徒たちが一年間の学校生活を終えて、ホグズミード駅でそれぞれ別れを惜しんでいる。

ハリーもあのダーズリー家に帰らなければならないのだが、顔はそれほど曇っていない。なぜなら入学前のハリーとはもはや別人だからだ。たくさんの試練という修羅場をくぐり抜け、何倍も強くなっている。魔法使いとしてはもちろん、両親の愛を知り、ロンとハーマイオニーという親友を見つけ、ダンブルドアを始めとする信用できる先生たちにも出会った。だから、ハリーの最後のセリフも力強い。

ハーマイオニー「家に帰るのって、変な感じね」
ハリー「帰るんじゃないよ、僕はね」

ハリーが見つけた最後の「」は、「自分の家」だ。ハリーはダーズリー家という家には住んでいたが、居候だったし、何より厄介者として家の一員とは認めてもらえていなかった。だから、ハリーは自分の居場所を見つけた。それはホグワーツだった。自分にとっての「本当の家」を見つけることができたんだね。

冒頭に提示した、この映画のテーマ。
「ハリーが信頼や自尊心、帰属意識を獲得すること」
これを全て回収することができた。これでようやく、この物語は完結したと言えるね。

最後に、ハリーがわたしたち観客にもたらしてくれた「」もちゃんとある。これについて、見てみよう。

カタルシス

一度は聞いたことがあるかもしれないカタルシス。これがハリーというか、映画がもたらしてくれる観客にとっての宝物だ。意味はというと、

ギリシャ語は<吐くこと><洗い清めること>を意味している。英語では<感情的な開放による清め><感情的な突破>という意味になっている。

クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495

小難しい事を言っているけれど、簡単言うと、脳が「イク」瞬間だ。みんなが映画を観る理由は、この瞬間に凝縮されてる。

この映画のカタルシスは、2つめの宝、ダンブルドア校長が、グリフィンドールの優勝を宣言して、皆が祝福のために一斉に帽子を投げた瞬間に訪れる。観客も物語の緊張が解け、喜びと安堵の感情が一気に解放される。まさにここが「イク」瞬間だ。映画を観ていて一番気持ちの良い瞬間だ。

このカタルシスは、映画のクライマックスに持ってくるべきもので、観客の感情の高ぶりをここで頂点に持っていくことが、脚本家や監督の使命だったりする。この感情の頂点まで引き上げるために、製作者は物語の冒頭から用意周到な準備を行って、この瞬間へ招待する。まあ、失敗してる映画もたくさんあるけど。公式も正解も無いから仕方がないけどね。

まとめ

長かったヒーローズ・ジャーニーもこれでおしまい。2時間という映画の中でハリーが経験した12のステージは、何者でもない「ただのハリー」だった男の子が、かけがえのない大切な宝物を見つける物語だった。大きなストーリーとしてはヴォルデモートとの戦いの序章に過ぎないけれど、「賢者の石」単体で観ると、中心となる「ハリーの成長」というテーマが、大きな柱として物語を支えてるのがよくわかった。

その成長物語は、昔から受け継がれてきた「ヒーローズ・ジャーニー」というフォーマットに乗せて、効率よく、効果的にわたしたちに伝えてくれる。この手法は、今も様々な映画の物語のフォーマットとして世界中で使われている。もちろん日本の映画もだ。

だけども、このフォーマットに乗せたら名作ができるというわけじゃない。あくまで骨組みなだけであって、そこにどんな設定やキャラクターを創造するかは、人間の想像力にかかってる。もし、頭の中に壮大なストーリーを持っていて、形にできないって人がいれば、このフォーマットを使って、第二のハリーポッターを日本発信で創ってもらいたい!

ということで、あとがきはこの辺でおしまい。今回は前回のT2以上に長くかかっちゃったけど、最後までお付き合いいただいて本当にありがとう。次回もまた違うテーマで名作をぶっ壊していこうと思う。

これにて、「ハリー・ポッターと賢者の石」はおしまい。それではまた別の映画で会いましょう!

映画は、みんな素晴らしい!

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