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映画をぶっ壊せ!!『ハリー・ポッターと賢者の石』編⑩:第二幕・伍

このブログを読む前に一つだけ。思いっきりネタバレします。

そして第三幕へ…

前回は3つの試練のシーンをぶっ壊して、内容とその役割について中身を見てみた。
その中で、「ヒーローは手助けされる事自体がヒーローの証」であるということがわかったね。
今回は、第二幕の最後のパートだ。試練は続くけど、本筋がぐっと動くシーンになっている。

じゃあ、今回もハリー・ポッター第二幕(最後)をぶっ壊せ!!

最後の試練

1時間36分43秒〜

ハリーが雪の中で、シロフクロウのヘドウィグを空に放つ。ヘドウィグは空高く舞い上がり、再び舞い降りると、そこは春の景色になっている。ハリーのヒーローとしての素質を試す試練が終わったことを示すかのように場面が春に変わる。

映画「ハリー・ポッターと賢者の石」のワンシーン。ハリーとその腕に乗るフクロウのヘドウィグとの写真。
ハリー・ポッター卒業アルバム, 竹書房, 2011

映画開始から1時間7分くらいにトロールが侵入して以来、30分くらいはヒントを散りばめるくらいで、本筋を大きく進めるようなシーンは特になかった。けれど、この事実の開示をきっかけに、本筋のストーリーがグッと一気に動き出す

季節の変わり目は、物語を進める準備が出来たという合図なんだ。

この季節の代わり目を境に、ほとんど進んでいなかったメインストーリーが一気に動く。ようやく解決に向かって話が動くんだね。逆に言うと、ここまで時間をかけないと、進めてはいけないということ。進められる準備ができていないから話が進まないんだ。

一体何の準備?誰のための??…それはわたしたち「観客」のための準備だ。

ハリーの人間性、ヒーロー性、仲間との関係性、賢者たちからの援助や信頼、それらをシーンを通して観客はたくさん目撃してきた。それにより、人物の理解が深く進み、「共感」や「感情移入」ができるようになる。それが準備が整ったという意味だ。

アメリカのシナリオ講師のロバート・マッキーは共感についてこう言っている。

観客の感情移入は、共感という接着剤で支えられている。作り手が観客と主人公の絆を結ばなければ、観客は何も感じない傍観者となる。

ロバート・マッキー著, ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則フィルムアート社, 2018年, p.533

このハリーと観客の「」が、映画への没入感を生み出し、映画を観てる途中で、「明日早いんだよなー」とか明日の仕事を思いだすことを阻止するんだ。つまらない映画を見た時の典型的な感想として、「主人公に共感できなかった」とかいうでしょ?そうなったら映画は失敗と言える。

そんな感じで、第二幕の最後のパート。ここから「セカンド・プロットポイント」まで一気に物語が進む。

プロットポイントとは、アクションを起こさせ、物語を違う方向性に向かわせる事件やエピソードなどを指す。

シド・フィールド著, 映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと, フィルムアート社, 2009年, p.352

※プロットポイントについては、映画をぶっ壊せ!!『ターミネーター2編』⑤:第一幕3で詳しく書いてます。

クリスマス休暇で実家に帰っていたハーマイオニーもホグワーツに戻り、彼女が借りていた本の中で、あっさりニコラス・フラメルの正体を突き止めたことをハリーとロンに知らせる。

ハーマイオニー「(本を読んで)ニコラス・フラメルは賢者の石を作り出した人である」

ここでようやく、「賢者の石」というキーワードが出現。映画のタイトルを回収。さらに、賢者の石の恐るべき効果を説明する。

ハーマイオニー「賢者の石は恐るべき力を秘めた伝説の物体で、いかなる金属をも黄金に変え、命の水を生み出す。これを飲めば不老不死となる」

そして第二幕最後の「試練」のシーンへ話は進む。

ハリーたちは、この賢者の石をスネイプが狙っていると推測する。
それを知らせるためにハリーたちは、外出禁止の夜に部屋を抜け出し、ハグリッドの下へ。それをドラコに告げ口され、罰として、傷ついたユニコーンを探しに、ハグリッドと共に夜の森へ行かされる。

夜の森を深く進むと、殺されたユニコーンの血をすする黒いマントの人物に遭遇する。ハリーはその人物に襲われそうになるが、ヒーローのごとく登場したケンタウロスのフィレンツェがその人物を追い払い、ハリーはすんでのところで助けられる。

ハリー「もしかして・・・さっきあのユニコーンを殺してその血を飲んでいたのは、ヴォルデモートだったの?」
フィレンツェ「今、学校に何が隠されてるか知っているかい、ポッター君」
ハリー「賢者の石・・・」

ハリーはその人物が「名前を言ってはいけないあの人」すなわち「ヴォルデモート」だと確信。そしてそのヴォルデモートが賢者の石を使って蘇ろうとしていることがわかる。(ハリーはスネイプはその手伝いをしているんだと考える)

ここへきて物語の核心に触れる。今まで起きてきた騒動はすべてヴォルデモートが原因だと判明した。
全てのピースが揃い、方向性が定まり、あとは実行するだけ。ハリーはヴォルデモートの復活を阻止できるのかということだ。

これが第二幕のクライマックスである「セカンドプロットポイント」だ。この衝撃の事実をもって、第二幕は終幕し、第三幕へ突入していく。

第二幕を総括すると、第二幕はほぼ「試練」が占めている。時間にして、1時間20分だ。2時間24分くらいの映画の半分以上もの時間を、ハリーのヒーロとしての素質を証明することに割いてきたことになる。それほどに第二幕は重要なんだ。

主人公に共感できるかはこの第二幕で決まる。第二幕が成功しているかの答え合わせが第三幕だ。第三幕で迎える最終決戦を、主人公を心から応援し、気持ちを一緒にして戦うことができたら、その映画は成功と言える。

第二幕はこれでおしまい。
だけど、ちょっとだけ字数が足りないので、一つ「アーキタイプ」を紹介しようと思う。

アーキテクト:トリックスター(いたずら者)

なんだか聞いたことある名前だ。イメージ通りの意味だと思ってくれて問題ない。

トリックスターというアーキタイプは、悪戯と変化の願望を象徴している。

クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495

悪戯」を象徴するように、ヒーローが調子に乗ったり、ダークサイドに落ちかけようとしているときに現れて、場をかき回したり、おどけたりして、和ませたりする。シリアスな場面でもシリアスになりすぎないように場を和ませる「バランサー」のような役割を持っているアーキタイプだ。映画でも、それを象徴するキャラクターがいたり、主人公自身がその役割を担っていることもある。

映画に登場するトリックスターとしては、『ショーシャンクの空に』(1994)のトミー・ウィリアムズ、『スタンド・バイ・ミー』(1986)のバーン・テシオ、MCUの一つ、『マイティ・ソー』(2011)のロキなんかがそうだね。主人公自身がトリックスターな映画だと、『ビバリーヒルズ・コップ』のアクセル・フォーリーが代表的だね。ロキもキャラクターが魅力的すぎて主人公に成り上がったりもしてる。

じゃあ、この映画では誰がそれを担っているかというと、主に「ルビウス・ハグリッド」だ。

ハグリッドが登場するシーンはどんなシリアスなシーンでも、和ませるようなセリフや態度で、緊張感をほぐしてシリアスになりすぎないようにバランスを取っている。

変化」の象徴としては、第一幕から重要なヒントをハリーが知り、物語が動く時は、たいていハグリッドが口を滑らせた時だ。

ハグリッド「まぁフラッフィーがいりゃ大丈夫だな。あいつの守りは鉄壁さ。あれをなだめられるのは俺とダンブルドアドアだけだ。いけねぇ、これも内緒だった…」

こんな調子で、敵にも味方にもヒントを撒き散らして場をかき回している。本人に悪意がないのがトリックスターっぽい。まさに場をかき乱し、物語に変化をつける役割を全うしている。

ボグラーは、心理学的にも重要な役割を担っていると著書に書いている。

ヒーローの自惚れを戒め、ヒーローと観客を現実に引き戻す。健全な笑いを誘って私達を日常的な束縛から解放し、愚かさと偽善を問いただすのだ。

クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495

ちょっと何言っているか分かりづらいが、「人の振り見て我が振り直せ」ってことだ。トリックスターの愚かな行為を見て、自分の行いを今一度見直せということを伝えたいんだ、と思う。多分。

こんなところで「トリックスター」の紹介は終わり。あなたのお気に入りの映画の「トリックスター」を探してみよう。そのキャラはきっと「悪戯」をしながら、その映画に「変化」をもたらしているはずだ。

さて、残りのヒーローズ・ジャーニーのステージは第三幕に集結してる。次回からは第三幕をぶっ壊して、それをひとつひとつ見ていきたいと思う。

映画は、みんな素晴らしい。

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