このブログを読む前に一つだけ。思いっきりネタバレします。
なんだかんだバック・トゥ・ザ・フューチャーも第9回。とうとう最後の「幕」に入っていく。
ジョージの物語は第二幕で見事に閉幕。ここからは、マーティ一人の物語に集中する。
第三幕をぶっ壊せ!!
あとは帰るだけ
1時間31分12秒〜
物語も8割を過ぎたところ。あとはマーティが未来(現在)に帰れるかどうかだ。
前回にジョージがスキップした英雄の旅のステージ10:帰路の始まりだ。もう一度おさらいすると、
多くのヒーローは、ザ・ロード・バック(帰路)を選択し、出発地に戻るか、あるいは全く新しい土地や究極の目的地への旅を続けるかである。
クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495
ジョージには帰るところがなかったけど、マーティにはある。ジェニファーや家族や撃たれたドクの元に帰らなければならない。マーティは当然「出発地に戻る」という選択をする。そのために、1955年のドクが待つ時計台へと急ぐ。
マーティが時計台に到着すると、すでにドクはデロリアンとマーティを85年に帰す準備は整っていた。二人は強く抱き合い、未来で会うことを誓う。
ドク「30年後に会おう」
マーティ「そう願うよ」
マーティはそこでもドクの運命について伝えようと試みるが、ドクはかたくなにそれを受け取らない。
ドク「未来についてだな!警告しただろ!この結果が惨事を引き起こしかねないんだぞ!」
マーティ「ドク、それはあなたに起きる危険なんだ。あなたの命がこれにかかってる!」
ドク「いや、私はこんな責任を負いたくはないぞ!」
ドクはマーティから受け取った手紙を破ってしまう。
マーティは負けじと口頭で伝えようとするが時間切れ。雷が落ちる時間まであとわずかだ。マーティは仕方なく諦めてデロリアンに乗り込む。ここで、マーティは自分が過去に旅立つ10分前に到着すればいいんだととっさに思いつき、時間を再セットする。
少し脱線するけれど、マーティが時計台について、85年にタイムスリップするという流れの中で、どれだけトラブルが起きたか数えてみた。
(マーティが時計台に到着)
- マーティが送った手紙がドクに見つかって一悶着
- 時計台に繋がれたワイヤーが風で倒れた気に引っかかり外れる
- ドクが時計台に登り、雷雨と強風の中、必死の修復作業
- デロリアンのエンスト
- ドク、ワイヤーを強く引っ張りすぎて今度は電柱につなげた下のワイヤーが外れる
(未来に帰る)
一連の流れの中で、これでもかというくらいトラブルを詰め込む。サスペンスの連続で観客を飽きさせない努力がここでも見て取れる。緊張と緩和。未来に帰すことが成功するのは観客は誰もがわかりきっていることだけれど、なぜかハラハラドキドキしてしまう。
アクション映画みたいな人間ドラマ要素が少ない映画は、どうしても間が空いてしまうこと=退屈になってしまう。だからこそ過剰なまでにシーンを埋めるようなシーンが続くことが多い。かのサスペンスの巨匠ヒッチコックも言ってる。
シーンが立ち止まって足踏みするようなことがあったら、映画がたちまち動きを失ってしまい、死んでしまうことはわかりきっている。(中略)シーンは絶えず進行しつづけなければならない。
フランソワ トリュフォー著,定本ヒッチコック映画術トリュフォー ,山田宏一, 蓮實重彦訳, 晶文社, 1990年, p.384
すったもんだがあったけれど、マーティはなんとか85年にタイムスリップし、無事帰ってくることができた。これでステージ10:帰路の完遂だ。
ここから85年に舞台が戻る。
おかえりマーティ
1時間41分49秒〜
自分の存在を取り戻すという最大の試練を乗り越えたマーティは、自分が生きている85年への帰路につき、無事に戻ってくることができた。
マーティも順調に英雄の旅のステージをこなしていく。次はステージ11:復活を遂げなければならない。
だけれども、マーティはそもそも死んでもないし、倒れて死の淵にいるわけでもない。無事に85年に帰ってこれたわけで、あとは家に帰るだけ。復活しようがないのだ。最大の試練である未来へのタイムスリップのときも、命をかけていたのはむしろドクであり、マーティはアクセルを踏むだけだった。マーティはやっぱり主人公らしからぬ行動を取り続けている。
じゃあ、誰が復活をするのかというと、忘れちゃいけない、85年でテロリストに蜂の巣にされたドクだ。
マーティは85年に返ってくるやいなや、ツイン・パイン・モール改め、アローン・パイン・モールに向かおうとするが、車が故障して動かない。仕方なく走って駆けつけるが、時すでに遅し。再びテロリストに撃たれるドクだった。無念のマーティはドクの横で嘆き悲しむ。だが、ここで観客は奇跡を目撃する。
倒れているドクが目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。
マーティとドクの目が合う。
マーティ「(驚いて)生きてる!」
ドクが死の淵から生還した。これが、この物語におけるステージ11:復活だ。
ドクは、結局マーティからの手紙を読んでいて、防弾チョッキを着込んでいたのだ。
マーティ「…あのさ、未来の出来事に惨事を招くとかの話はどうなったのさ?時空連続体の話は?」
ドク「まあ、こう思ったんだ。…それがどうしたって 」
あれだけかたくなに拒否していたドクだったが、月日が経ち、自身の中で価値観が変化したのかもしれない。
もう一度、復活についておさらいをしてみよう。
観客に完結したストーリーだと感じさせるには、ヒーローが死と再生のもう一つの瞬間を経験する必要がある。その瞬間はクライマックスと呼ばれ、最後にして最も危険な死と遭遇する場面だ。
クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495
この最も危険な死との遭遇とは、ドクの死だ。ドクの死と再生。これをこのタイミングで見せるのは、やはり偶然ではなく意図的にここに持ってきている。
カタリストヒーローの真髄
ドクの死と再生は、一見マーティが無関係のように思えるが、それは違う。ここでも、カタリストヒーローの特徴がよく出ている。ドクはマーティの忠告のお陰で命拾いをした。マーティがドクに影響を与え、運命を変えた。だから、この復活はマーティの主人公としての力を示す意味となる。最大の試練でジョージの運命を変えたように、元の世界に戻ってからも、その力の証明としてドクの復活劇があるのだ。
この死と再生もいろいろな映画で見ることができる。「映画をぶっ壊せ!!『ハリー・ポッターと賢者の石』編⑬:第三幕・参 最終回」でいくつか紹介している映画もあるが、カタリストヒーローとしてその復活が見れる映画もいくつかある。
『ショーシャンクの空に』(94)の主人公アンディは、自らは一貫して変化はしない主人公だが、彼らの周りの人間達が変化を遂げていく。自分の運命に悲観的だったレッドも自身に希望を取り戻し、人として「復活」する。
『ターミネーター2』(91)のジョンも自らは変化しないが、ターミネーターを人間にし、サラを母親としての自覚を目覚めさせ、その二人を変化させることで、ジョンの家族を「復活」させることができた。
『スチュアート・リトル』(99)の主人公スチュアートも一貫して変化しない。変化するのはスチュアートの人間性に触れた一人息子のジョージや、猫のスノーベルだったりする。
彼らカタリストヒーローは、他者依存して試練を乗り越えているのではなく、他者に影響を与え、抱えていた試練を乗り越えさせるという力を持っているのである。それは偶然じゃなく、英雄として特別な力を持った人間だからなのだ。
といったところで、今回は終わり。とうとう最後のステージを迎える。次回が最終回。あと少し。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!!
ではまた次回にお会いしましょう。
映画は、みんな素晴らしい。

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