このブログを読む前に一つだけ。思いっきりネタバレします。
さあ、第二幕も今回で最後。最後まで気を抜かずにぶっ壊していこう。
フィナーレ(ジョージ編)
前回、ジョージが見事にビフを殴り倒し、フィナーレの魅惑の深海ダンスパーティ会場へと二人は向かう。
ここからジョージの次のステージ10:帰路へと進むのだけれど、ジョージの物語の場合、このステージの要素は薄い。というかほとんどない。
多くのヒーローは、ザ・ロード・バック(帰路)を選択し、出発地に戻るか、あるいは全く新しい土地や究極の目的地への旅を続けるかである。
クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495
『もののけ姫』(97)でいうと、呪いを解くために村を出たアシタカが、その呪いを解いた後、村へ戻るか、たたら場で暮らすかを選択するステージだ。アシタカは迷いなくたたら場を選んだけれど。
ジョージは、どこからか来たわけでもなく、どこかに帰るわけでもない。ずっとヒルバレーにいる。ヒーローズ・ジャーニーは必ずしもすべてのステージを通るわけではないということ。それが無くても物語は薄くなれど、成立することが分かる。映画的にはそれを補うように、マーティの物語に未来に帰るという帰路の要素ががっつりメインストーリーとして置かれている。ここの詳しい解説は後ほど。
ジョージの方に話を戻すと、ステージ10を通り過ぎて、次はステージ11:復活に突入する。いわゆるクライマックスだ。
観客に完結したストーリーだと感じさせるには、ヒーローが死と再生のもう一つの瞬間を経験する必要がある。その瞬間はクライマックスと呼ばれ、最後にして最も危険な死と遭遇する場面だ。
クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495
ボグラーは、キャラクターの変化を観客に見せて、そのキャラクターが復活のステージを通過した証を示さなければならないと言っている。
ジョージが、ビフを殴り倒したのはただ怒りに身を任せて勢いやまぐれで殴り倒したんじゃないってことを証明するのだ。
ヒーローの証明
1時間24分17秒〜
ジョージのクライマックスのシーンを見てみる。
ダンス会場。マーティはジョージとロレインのキスを促すようにステージに上ってギターで演奏しているが、消えゆく自分の身体で最後の力を振り絞って演奏している。ジョージはというと、ロレインといい感じにダンスをしているが、いざというところでジョージは怖気づいてキスになかなか踏み出せない。マーティは今にも消えそうになっている。さらに追い打ちをかけるようにサブキャラのディクソンがロレインを横取りする。
諦めかけるジョージだが、もう昔のジョージではなく、生まれ変わったことを見事に証明する。
ジョージは諦めて立ち去ろうとする。
写真のマーティは半分消えかかっている。マーティの手も半透明になっている。
ロレインが助けを求める。
ロレイン「ジョージ!」
マーティ「…ジョージ?」
ジョージはロレインの元へ戻り、ディクソンを突き飛ばす。
ジョージ「すまない」
ジョージ、改めてロレインと見つめ合い、キスをする。
見事に復活し、自分の力を証明したジョージ。とうとうロレインとキスをして結ばれる。
これがいわゆる、ヒーローの死と再生の場面。ジョージの死と再生(復活)を表現してる。
そして最後のステージ、ステージ12:宝を持っての帰還だ。
すべての試練を切り抜け、死を超越したら、ヒーローは自らの出発点に戻るか、家に帰るか、旅を続けるかである。(中略)今までと全く違った人生のスタートを切るような感覚で新しい人生を歩み始めなければならない。
クリストファー・ボグラー著, 神話の法則 ライターズジャーニー, 愛育社, 2002, p.495
ジョージはたびに出ているわけではないけれど、新しい人生を歩み始めたのは間違いない。勇気を持って自分の運命を切り開いたジョージは、。ビフに隷属し続ける人生はこれで二度と来ることはない。元の負け犬だった自分に戻ることはないから。
これでジョージの物語は終りを迎える。
人まかせなヒーロー
ここでマーティの物語に戻ろう。ジョージとロレインがキスをした瞬間、消えゆく自分が完全復活する。これはステージ8:最大の試練をクリアにあたる。試練としてはジョージのものと同じ試練だ。あの手この手で試練をクリアしてもらおうとジョージに協力していたものの、最終的にジョージはマイケルの手を借りることなく試練をクリアする。本当は主人公であるマーティが活躍するべきところなんだろうけど、ジョージがヒーローになるためには、マイケルが協力してはダメ。そのために、マーティはビフに邪魔され、わざわざ手下たちにトランクに閉じ込められたってわけだ。うまく出来てる。
ただ、物語の主人公としては物足りない。本当なら最大の試練はヒーローが自らクリアしなきゃいけないから。この映画では、主人公の最大の試練を主人公じゃない他者にクリアしてもらっている。他者を触媒にして物語のステージを進めてるんだね。
これが、カタリストヒーローという分類のヒーローだ。マーティは映画を通して変化をしない。変化をする必要がないから、別に試練をクリアしなくても問題ない。試練というのは生まれ変わるためのイニシエーション(儀式)だからね。つまりそういうことだ。
そして他人にクリアしてもらった試練の報酬(ステージ9:報酬)として自分の存在をもらう。このときに、前回に説明した。祝宴(勝利の果実を料理し食べ尽くすような祝宴の機会を持つ)をマーティ自らあげる。これが有名なシーン、チャック・ベリーのジョニー・B.グッドを演奏するシーンだね。このシーンは最大の試練を祝うために必要な演奏だったんだ。
この曲が、セカンド・プロットポイントとなって、第二幕の終わりを派手に告げる合図になっている。
というわけで、長かった第二幕もこれにて終了。よくぶっ壊せました。
次回から第三幕に突入していく。マーティの物語の最後をぶっ壊していこうと思う。
また見てくれたら嬉しいです!!
映画は、みんなすばらしい。

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