生まれて初めてブログを書く。とても緊張する。
映画づくりというのは建築のようなものだからね。家を建てるには骨組がしっかりしていなければならない。映画も同じだ。
アルフレッド・ヒッチコック
フランソワ トリュフォー,定本ヒッチコック映画術トリュフォー ,山田宏一, 蓮實重彦訳, 晶文社, 1990年,384P
映画ってなんで面白いの?
唐突の質問だけど、映画の半券の写真とともに、マジ最高でしたー!とインスタでアピールしているそこのあなたに質問。
「その映画、なんで面白かったの?」とコメントに書き込まれたら、どう答える?
「ストーリーがマジで最高!」
「めっちゃ泣けたー」
「ラストのどんでん返しヤバい」
「推しが尊すぎ…」
とかかな。でもそれは、「何」が面白かったかという質問には答えているけれど、「なんで」という質問の回答にはちょっと足りない。
まあ、大抵はそんな野暮な質問に答える必要もなく、なんとなく映画館に行って、なんとなくワクワクして、なんとなく感動して、なんとなく泣いて、なんとなく笑って、満足して家路につく。そんな感じだと思う。
あるいは、こんな声も。
そもそも面白いっていう感覚は個人の主観だから、感じ方はそれぞれ。推しが出てるだけであとはどうだっていい。何で面白かったなんて気にしない。頭の中空っぽにして、コーラとポップコーンLサイズを両手に抱えてただ2時間を楽しむ。それこそが至高。
いわゆる「考えるな、感じろ」だ。
そんな声に一言いいたい。
「まさにあなたは正しい!映画はエンタメ!ただの娯楽!」
だから、この会話は、もう、おしまい。…ベッドに戻っていつも通りの明日を迎えよう…。
映画は意図された面白さである

https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=34979655
モーフィアスから差し出された「青いピル」を選んだ人はここでお別れ。
ここからは「赤いピル」を選んだ変わり者のために続けようと思う。
まず、なんで面白いのかを考えるときに、前提として言わなければならないのが、
「映画は芸術じゃない」
ということ。あくまで個人の感想だけど。
映画はよく総合芸術と呼ばれる。それは、あまりにたくさんの芸術要素が含まれているから。映像、音楽、表現、セット、衣装、小道具、それぞれに美しさと自己表現が含まれているけれど、それ単体で楽しませるものではなく、1本の映画を成立させるための一要素に過ぎない。だから総合芸術と呼んでいるのだと思う。多分。
個人的に、芸術とかアートのイメージって、自己表現の極みみたいなもので、究極の自己満足だと思ってる。それを他人が勝手な解釈をつけて価値をつけるものだと。
でも映画は全く違う。まず前提としてそれを観る観客がいて映画は成立する。その観客は何が出てくるのかもわからないのに、2000円という大金を払ってる。その時点では、不公平なビジネスが成立しちゃっている。だから製作側がお金を払った観客に対して、同等の対価を支払う義務が発生する。それは楽しませること。完全にビジネスだと割り切るのは違うと思うけど、映画は芸術じゃないと言われるのは、そういった要素があるから。要するに、
映画は人(観客)のために作る
ということ。
まあ、芸術だと思って作っている人もいるし、それが正しいかどうかの議論はする気はないし、そう信じてる人がいても全然いい。とにかくたいていの映画監督やシナリオを書く脚本家は観客が「面白い」と感じるように完全に意図的に作っているということ。
『ゴッドファーザー』はたまたま面白いんじゃなく、原作が面白いから面白いのではなく、ちゃんと映画用に最適化されて、面白く作られているから面白いんだ。
(監督、脚本だけじゃなく、映像もキャストも音楽も完璧なのがレジェンド映画足る所以だけれども)
とはいえ、難しいのは世界中すべての人が等しく同じように面白いと感じる映画は存在しないこと。世の中にはカレーを嫌いだと言う人もいるから。それは仕方がない(筆者はラーメンがあまり好きじゃない。それも仕方がないこと)。
だけど、世界中のかなり多くの人の共感を呼ぶ映画が確かにある。ありとあらゆる国、人種、民族、性的嗜好、年代や時代を超えて多くの共感を得られる偉大な映画が世の中に確かに存在する。『ゴッドファーザー』、『ショーシャンクの空に』、『風と共に去りぬ』、『スター・ウォーズ』、『七人の侍』、『ニュー・シネマ・パラダイス』、『パラサイト』、『ラストエンペラー』などなどあげたらきりがない。
これらのいわゆる「面白い映画」に共通点があったら、どうだろう。
それこそが、映画ってなんで面白いの?の答えになるんじゃないかなと。
映画は、物語でできている。
物語もジャンルも違う「面白い映画」に共通点なんてあるの?
…あります。それはね、
物語そのもの。
最先端のCGでもなければ、豪華キャストでもなければ、大量の火薬でもない。特にCGの進化は技術的には映画を大きく進化させたけれど、映画の面白さを決定づけるものでは決してなく、それは昔の名画をみれば一目瞭然。白黒だろうがサイレントだろうが、今の若い子が見たら笑っちゃうほどの合成や特撮だろうが、そんなものはどうでもよくなるくらい「面白い映画」は面白いと感じるんだよね。物語以外の要素はそれを装飾する飾りにすぎないんだ。



80年前の『風と共に去りぬ』を観てスカーレット・オハラから生きる強さを学び、
70年前の『ローマの休日』を観て、アン王女の無邪気さにハラハラして、
70年前の『七人の侍』を観て、菊千代が掲げた旗に胸が熱くなる。
物語は、時代が変わっても、決して価値が変わらない。常に映画の魂、本質であり続けているんだ。
観客はその物語からもらえる何かを期待して、わざわざ映画館に足を運んで、2000円もの大金を払った上に、二時間という人生の貴重な時間を差し出す。
サスペンスの名匠アルフレッド・ヒッチコックもこう言ってる。
わたしにとって映画を撮るということは、何よりもまず、ストーリー(物語)を語ることだ。
フランソワ トリュフォー,定本ヒッチコック映画術トリュフォー ,山田宏一, 蓮實重彦訳, 晶文社, 1990年,384P
写真:wikipediaより
語るは、物語の構成。
物語というのものが何なのかを体系的に語った初めての人は、古代ギリシャ時代のアリストテレス。紀元前400年くらい前の哲学者。もちろん映画なんてその時代はなかったけど、ギリシア悲劇と呼ばれる劇について、彼が書いたとされる詩学という本の中ですでにこういう結論に至っていた。
もっとも重要なのは出来事の組み立てである。
アリストテレース著, 詩学/ホラーティウス著, 詩論, 松本仁助・岡道男訳, 岩波文庫, 1997年, p.356
写真:wikipediaより
組み立て、いわゆる構成のこと。その何が重要なのか。
それを知るために、どうするのか。
映画をぶっ壊せ!!
文字通りです。とはいってもDVDをハンマーで叩き割る迷惑系Youtuberみたいなことではなく。
映画っていうのはレゴのように様々な部品が組み合わさってできているので、ちょんと押したら倒れてばらばらになっちゃう。そのバラバラになった部品をじっくりと虫眼鏡を覗くように観察して、そのパーツの構成要素を検証していく。そうして1本の映画がどんなふうにできているのかを調べちゃおうという算段。
映画の構成の本はたくさんあるけれど、どれも有名なシーンを切り取って、これはこういう意味なんだよと一部を解説するだけ。一本の映画を徹底的にバラバラにした本は無い。あったら紹介してほしいくらい。本来なら、映画の断片ではなく全体を見てこそ、部分がよく理解できるのではないかなと思うわけで。だからそれを自分でやってみようと思ったのがこのブログを書いたきっかけ。
ちなみにこのブログを書く前に、試しに100本映画をぶっ壊してみた。2年もかかった。辛かった。けど楽しかった。
『ターミネーター2』をぶっ壊せ!!
さて、記念すべき第一回に選んだ映画はみなさんご存知、『ターミネーター2』(1991)。
なぜこの映画なのか。
シンプルにこの世で一番好きな映画だから。最初の一本はこの映画。
ではいよいよ次回が本番。映画を徹底的にぶっ壊していきましょう。では、今日はここまで。
映画は、みんな素晴らしい。



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